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日本語のタ行・サ行・ザ行子音に見られる音変化：「チ」「ツ」「シ」「ジ」はなぜ生まれるのか？単語例で追う調音のメカニズム

Tags: 音変化, 音声学, 音韻論, 日本語, 調音

日本語の不思議な音の組み合わせ

日本語の音の構造は、多くの場合、子音（C）と母音（V）が交互に並ぶ「CVCV…」のような形を基本としています。例えば、「かきくけこ」は /ka/ /ki/ /ku/ /ke/ /ko/、「たてと」は /ta/ /te/ /to/ のように、多くの子音はどの母音とも比較的規則的に結びつきます。

しかし、タ行、サ行、そしてザ行には、この規則から外れるように見える音が存在します。タ行であれば「チ」と「ツ」、サ行であれば「シ」、ザ行であれば「ジ」と「ズ/ヅ」です。「タ」「チ」「ツ」「テ」「ト」(/ta/, /t͡ɕi/, /t͡su/, /te/, /to/)、「サ」「シ」「ス」「セ」「ソ」(/sa/, /ɕi/, /su/, /se/, /so/)、「ザ」「ジ/ヂ」「ズ/ヅ」「ゼ」「ゾ」(/za/, /d͡ʑi/ or /ʑi/, /d͡zu/ or /zu/, /ze/, /zo/) のように、特定の母音と結びつく際に子音の音が変化しているように見えます。

これらの音は、ただ不規則に存在するわけではありません。特定の母音との組み合わせによって、もともとの子音が調音の便宜（発音しやすさ）から変化した結果生まれるものです。本稿では、具体的な単語例を追いながら、「チ」「ツ」「シ」「ジ」「ズ/ヅ」といった音がどのようにして、そしてなぜ生まれるのか、そのメカニズムを解き明かします。

タ行の子音変化：「チ」と「ツ」の誕生

タ行は、本来、歯茎破裂音 /t/ に母音が続く音です。しかし、母音 /i/ や /u/ と結合する際に、子音の性質が大きく変化します。

/t/ + /i/ → チ [t͡ɕi]

「タ」[ta]、「テ」[te]、「ト」[to] は、子音 /t/ にそれぞれの母音が続きます。「食べる」[taberu]、「手」[te]、「時計」[tokeː] などの例は、この基本的な組み合わせです。

しかし、母音 /i/ が後に続くと、子音 /t/ は変化し、「チ」[t͡ɕi] となります。「力」[t͡ɕikara]、「知る」[t͡ɕiru] といった単語に見られます。

この変化は、調音（音を作るための口の中の動き）に関連しています。母音 /i/ は、舌の最も高い位置が口の中の前の方、硬口蓋に近くなる「前舌高母音」です。一方、子音 /t/ は舌先を歯茎に付けて破裂させる「歯茎破裂音」です。/t/ の次にすぐに /i/ を発音しようとすると、舌を素早く歯茎から硬口蓋に近い位置へ移動させる必要があります。

ここで起こるのが、調音の効率化です。/t/ を発音する際に舌を歯茎に付けますが、次に発音する /i/ のために舌を硬口蓋へ向かわせる動きが先行します。その結果、舌先が歯茎から離れる際に破裂音として開放されるだけでなく、舌の中央部が硬口蓋に接近した状態で、少しの摩擦を伴って息が漏れ出すようになります。このように、破裂と摩擦が同時に、あるいはほぼ同時に起こる音を破擦音と呼びます。/t/ と /i/ の組み合わせで生まれる「チ」は、歯茎硬口蓋破擦音 [t͡ɕ] となります。これは、破裂音 /t/ と摩擦音 /ɕ/ (「シ」の子音) を組み合わせたような音です。

/t/ + /u/ → ツ [t͡su]

母音 /u/ が後に続く場合も、同様に子音 /t/ は変化し、「ツ」[t͡su] となります。「月」[t͡suki]、「机」[t͡sukue] などの単語で確認できます。

母音 /u/ は、舌の最も高い位置が口の中の後ろの方になる「後舌高母音」です。/t/ の次に /u/ を発音しようとすると、舌先を歯茎に付けた後、舌全体を後ろの方へ引く動きが伴います。この際、舌先または舌前部が歯茎の後ろの方や硬口蓋の前部で、破裂に続いて摩擦を伴う音となります。

「ツ」は歯茎破擦音 [t͡s] と呼ばれ、破裂音 /t/ と摩擦音 /s/ (「ス」の子音) を組み合わせたような音です。これは、/i/ の場合とは舌の使い方が少し異なりますが、やはり後続母音の調音の影響を受けて破擦音となる点では共通しています。

このように、「チ」と「ツ」は、特定の母音 /i/ と /u/ が、先行する歯茎破裂音 /t/ の調音に影響を与え、調音点と開放方法を変質させた結果生まれた、規則的な音変化の産物と言えます。

サ行の子音変化：「シ」の誕生

サ行は、本来、歯茎摩擦音 /s/ に母音が続く音です。「サ」[sa]、「ス」[su]、「セ」[se]、「ソ」[so] は、子音 /s/ にそれぞれの母音が続きます。「桜」[sakura]、「寿司」[sushi]、「背中」[senaka]、「空」[sora] といった単語が例です。

ここでも、母音 /i/ が後に続くと、子音 /s/ は変化し、「シ」[ɕi] となります。「塩」[ɕio]、「白」[ɕiro] などの単語に見られます。

この変化も、母音 /i/ の調音点、すなわち舌が硬口蓋に近くなる性質に起因します。歯茎摩擦音 /s/ は、舌先または舌前部を歯茎に接近させて、その隙間から息を摩擦させて作る音です。しかし、次に /i/ を発音するために舌を硬口蓋へ向かわせる動きが入ると、舌全体が少し高くなり、息の通り道が歯茎よりもやや後ろ、硬口蓋に近い位置で狭まります。

その結果、「シ」の子音は歯茎硬口蓋摩擦音 [ɕ] となります。これは、「チ」の破擦音 [t͡ɕ] の摩擦部分とほぼ同じ音です。つまり、サ行の場合も、後続する母音 /i/ の影響を受けて、子音の調音点が歯茎から歯茎硬口蓋へと移動し、音の性質が変化するのです。

サ行においては、タ行の「ツ」に対応するような /s/ + /u/ による大きな子音の変化は起こりません。「ス」は基本的に歯茎摩擦音 [s] のままです。これは、母音 /u/ の調音点（後舌高母音）が、歯茎摩擦音 /s/ の調音点に与える影響が、母音 /i/ が与える影響ほど大きくないためと考えられます。

ザ行の子音変化：「ジ」と「ズ/ヅ」

ザ行は、本来、有声歯茎摩擦音 /z/ または有声歯茎破擦音 /d͡z/ に母音が続く音ですが、現代共通語では多くの環境で有声歯茎摩擦音 [z] または有声歯茎破擦音 [d͡z] として現れます。

「ザ」[za]、「ゼ」[ze]、「ゾ」[zo] は、有声歯茎摩擦音 [z] または有声歯茎破擦音 [d͡z] にそれぞれの母音が続きます。「座禅」[zazen]、「全部」[zenbu]、「象」[zoː] といった単語で確認できます。

/d/ or /z/ + /i/ → ジ/ヂ [d͡ʑi] or [ʑi]

母音 /i/ が後に続くと、タ行・サ行と同様に子音の音が変化します。歴史的には、タ行濁音のヂ（/di/）とサ行濁音のジ（/zi/）は区別されていましたが、現代共通語では多くの場合、有声歯茎硬口蓋破擦音 [d͡ʑi] または有声歯茎硬口蓋摩擦音 [ʑi] として発音され、区別されなくなっています。「地震」[d͡ʑiɕin] または [ʑiɕin]、「時代」[d͡ʑidai] または [ʑidai] といった単語が例です。

この変化も、「チ」や「シ」の場合と同様に、母音 /i/ の調音点の影響を受けて、先行する子音の調音点が歯茎から歯茎硬口蓋へ移動した結果です。無声の /t/ や /s/ が有声化したザ行に対応して、有声の破擦音 [d͡ʑ] や摩擦音 [ʑ] が生まれると考えられます。

/d/ or /z/ + /u/ → ズ/ヅ [d͡zu] or [zu]

母音 /u/ が後に続く場合も、タ行の「ツ」[t͡su] に対応するように子音の音が変化します。歴史的には、タ行濁音のヅ（/du/）とサ行濁音のズ（/zu/）は区別されていましたが、現代共通語では多くの場合、有声歯茎破擦音 [d͡zu] または有声歯茎摩擦音 [zu] として発音され、区別されなくなっています。「図鑑」[zukan] または [d͡zukan]、「続ける」[t͡suzukeru]（ツはタ行だが、ズはザ行）といった単語が例です。

この変化も、「ツ」の場合と同様に、母音 /u/ の調音点の影響を受けて、先行する子音の調音点と開放方法が変化した結果です。無声の「ツ」[t͡su] が有声化したザ行に対応して、有声の破擦音 [d͡zu] や摩擦音 [zu] が生まれると考えられます。

現代日本語では、「ジ」と「ヂ」、「ズ」と「ヅ」の発音上の区別は失われつつありますが、これは子音と母音の組み合わせによる規則的な音変化が生じた結果、異なる語源を持つ音が同じ発音に合流した典型的な例と言えます。

音変化のメカニズムのまとめ

タ行、サ行、ザ行における「チ」「ツ」「シ」「ジ」「ズ/ヅ」といった音は、後続する特定の母音 /i/ または /u/ が、先行する子音（/t/, /s/, /z/）の調音点（音を作る際に舌や唇が口の中のどこに触れるか、あるいは接近するか）と調音方法（破裂させるか、摩擦させるか、あるいはその両方か）に影響を与えることによって生まれます。

これは一種の同化と言えますが、一般的な隣接音同化のように一時的・可逆的なものではなく、特定の組み合わせで恒常的に起こる規則的な変化です。後続する母音の舌の位置が、先行する子音の調音点を引きずり、発音しやすいように変化が生じる結果です。

具体的には以下のようになります。

これらの音変化は、日本語の音韻体系が持つ規則性を示す良い例です。単語の発音一つ一つに、こうした音変化の歴史やメカニズムが息づいているのです。

結論

日本語のタ行、サ行、ザ行に見られる「チ」「ツ」「シ」「ジ」「ズ/ヅ」といった特殊な音の組み合わせは、後続する特定の母音（/i/ や /u/）が先行子音の調音に影響を与え、調音の便宜から生まれた規則的な音声変化の結果です。歯茎で調音される破裂音 /t/ や摩擦音 /s/, /z/ が、舌の位置の高い母音 /i/ や /u/ の影響を受けることで、調音点が硬口蓋に近い位置に移動したり、調音方法が破裂から破擦、または摩擦に変化したりして、独特な音が生まれるのです。

これらの音変化を具体的な単語を通して理解することは、単に個別の音の知識を得るだけでなく、言語の音が時間や環境によってどのように変化し、現在の形に至っているのかという、言語に内在する動的な側面を捉えることにつながります。日常的に何気なく発音している単語の音一つ一つに、こうした法則が隠されていることを知ることは、言語の仕組みに対する深い洞察を与えてくれるでしょう。