数の数え方に見る音声変化:なぜ「三つ」「四つ」「六つ」「八つ」に促音が入るのか?
導入:身近な数詞に潜む音の不思議
私たちは日常的に「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とお」と数を数えます。このおなじみの数え方の中に、「みっつ」「よっつ」「むっつ」「やっつ」といった、他の数詞には見られない「っ」(促音)が含まれていることにお気づきでしょうか。
なぜ特定の数詞にだけ促音が入るのでしょうか。これは単なる例外的な発音ではなく、日本語の歴史的な音変化、特に「促音化」という音声変化の規則が適用された結果です。本稿では、この身近な数詞を例に、促音化のメカニズムとその背景にある音の法則を、具体的な単語の変遷を追体験しながら解説します。
数詞の基本的な形と促音化
日本語の数詞は、古くは「ひと」「ふた」「み」「よ」「いつ」「む」「なな」「や」「ここの」「とを」といった形をしていました。これらに、物を数える際に付く接尾辞「つ」(古くは *tu )が接続することで、「ひとつ」「ふたつ」「みつ」「よつ」「いつつ」「むつ」「ななつ」「やつ」「ここのつ」「とお」といった形が生まれました。
現代の標準的な発音と比べてみましょう。
- ひとつ [hitotsɯ] ← ひと [hito] + つ [tsɯ]
- ふたつ [hɯtatsɯ] ← ふた [hɯta] + つ [tsɯ]
- みっつ [mittsɯ] ← み [mi] + つ [tsɯ]
- よっつ [jottsɯ] ← よ [jo] + つ [tsɯ]
- いつつ [itsɯtsɯ] ← いつ [itsɯ] + つ [tsɯ]
- むっつ [mɯttsɯ] ← む [mɯ] + つ [tsɯ]
- ななつ [nanatsɯ] ← なな [nana] + つ [tsɯ]
- やっつ [jattsɯ] ← や [ja] + つ [tsɯ]
- ここのつ [kokonotsɯ] ← ここの [kokono] + つ [tsɯ]
- とお [toː] ← とを [two] (これは「つ」が付かず、別の変化を経ています)
この比較から、「み」「よ」「む」「や」に「つ」が接続する際に、促音 [t] が挿入されていることがわかります。
促音化のメカニズム:後続子音の影響
この促音化は、後ろに続く子音、ここでは接尾辞「つ」の最初の音である破擦音 /ts/ の影響によって生じます。特に、その後ろに続く音と同じか、近い調音点を持つ破裂音 /p/, /t/, /k/ や破擦音 /ts/, /tʃ/ の前に現れる促音は、後続の子音の調音の一部が前の音節の末尾に移ったものと考えられます。
「みつ」→「みっつ」[mittsɯ] の場合: 古形 mi + tu → mi + ttsu ここでは、接尾辞 tu の子音 /t/ が前の音節(み /mi/)の母音 /i/ の直後に重畳することで、促音 [t] が生まれました。つまり、音の流れが /mi/ の母音の後に一旦詰まり、その直後に /tsu/ の /ts/ が続く形 [mittsɯ] となったのです。
「よつ」→「よっつ」[jottsɯ] の場合: 古形 *yo + tu → yo + ttsu /jo/ の母音 /o/ の直後に、後続の /ts/ の /t/ が重畳し、[jottsɯ] となります。
「むつ」→「むっつ」[mɯttsɯ] の場合: 古形 *mu + tu → mu + ttsu /mɯ/ の母音 /ɯ/ の直後に、後続の /ts/ の /t/ が重畳し、[mɯttɯ] となります。
「やつ」→「やっつ」[jattsɯ] の場合: 古形 *ya + tu → ya + ttsu /ja/ の母音 /a/ の直後に、後続の /ts/ の /t/ が重畳し、[jattsɯ] となります。
これらの例では、数詞の最後の母音(/i/, /o/, /ɯ/, /a/)の後に、続く接尾辞「つ」の子音 /t/ が重畳することで促音化が生じています。これは、調音の便宜(articulation ease)による変化の一つと捉えることができます。素早く発音しようとする際に、後続の子音を発音する準備として、前の音節の終わりで一度息を止める、あるいは舌や唇を構えるといった動きが生じやすく、それが促音として現れるためです。
促音化しない数詞との対比
一方で、「ひとつ」「ふたつ」「いつつ」「ななつ」「ここのつ」は促音化していません。これらの数詞と促音化する数詞の間には、音韻的にどのような違いがあるのでしょうか。
- ひとつ [hitotsɯ]
- ふたつ [hɯtatsɯ]
- いつつ [itsɯtsɯ]
- ななつ [nanatsɯ]
- ここのつ [kokonotsɯ]
「ひとつ」「ふたつ」は、促音化する「み」「よ」「む」「や」と比べて音節数が多い(2音節)。「いつつ」「ななつ」「ここのつ」も同様に音節が多い(2音節または3音節)。
促音化が起こる数詞「み」「よ」「む」「や」は、いずれも漢字表記で一字、または一音節の和語です(「三」「四」「六」「八」)。促音化しない「ひと」「ふた」「いつ」「なな」「ここの」「とを」は、漢字表記で一字や二字ですが、歴史的には二音節以上であったり、「つ」が付く前の形が異なる場合があります。
特に、「いつつ」[itsɯtsɯ] は、元の形が「いつ」[itsɯ] で、既に末尾に閉音節を持つ形に「つ」がついています。このような音環境では、さらなる促音化は生じにくいと考えられます。
また、「ここのつ」[kokonotsɯ] は、元の形が「ここの」[kokono] で、末尾が鼻音 /n/ と母音 /o/ の連続であり、その後の /tsu/ との間に促音化が生じる音韻的な条件が整いにくかった可能性があります。
漢語数詞に見られる促音化
漢語由来の数詞にも促音化は見られます。例えば、「十」は単独では「じゅう」[dʑɯː] または「とお」[toː] と読みますが、助数詞と結びつく際に促音化することがあります。
- 十個(じっか)[ʑikka] ← じゅう [dʑɯː] + 個 [ka]
- 十冊(じっさつ)[ʑissatsɯ] ← じゅう [dʑɯː] + 冊 [satsɯ]
- 十本(じっぽん)[ʑippoɴ] ← じゅう [dʑɯː] + 本 [hoɴ]
この場合、「十」の末尾の撥音 [ɴ](または撥音化する前の音)が、後続する助数詞の最初の子音(/k/, /s/, /h/→/p/)に同化・重畳することで促音 [k], [s], [p] が生じていると説明できます。これは「撥音の促音化」とも呼ばれる現象で、数の数え方(和語)の促音化とはやや異なるメカニズムですが、後続子音の影響で音が重なるという点では共通しています。
また、「一」(いち)や「六」(ろく)も、助数詞によっては促音化します。
- 一切(いっさい)[issai] ← いち [itɕi] + 切 [sai]
- 六個(ろっこ)[rokkɔ] ← ろく [rokɯ] + 個 [kɔ]
- 六冊(ろくさつ)→ 六冊(ろっさつ)[rossatsɯ]
これらの漢語数詞に見られる促音化は、特定の音(ここでは閉鎖音 /tɕ/ や /k/)の後に特定の子音(/s/, /k/ など)が続く場合に生じやすい現象です。これは日本語の音韻規則として比較的広く見られる促音化のパターンに沿っています。
結論:日常に潜む音の法則
「みっつ」「よっつ」「むっつ」「やっつ」といった数の数え方に見られる促音は、単なる特殊な読み方ではなく、日本語の音声変化、特に「促音化」という法則が適用された結果です。後続する「つ」の子音 /t/ が、前の数詞の末尾に影響を与え、音の重畳(促音)を生じさせています。
このような音声変化は、発音をよりスムーズにするための調音の便宜や、特定の音環境で生じやすい音のパターンの現れとして理解できます。日常的に何気なく使っている単語や数え方の中に、日本語の音韻構造や歴史が息づいていることを知ることは、言語に対する理解をより深めるきっかけとなるでしょう。身近な音の変化に目を向けることで、言語の面白さを再発見できるはずです。