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「ささら」はなぜ「さらさら」になった? 音声変化「異化」のメカニズムを単語例で追う

Tags: 音声変化, 異化, 音韻論, 歴史言語学

はじめに

言葉の音は、時間や特定の音環境によって変化します。多くの場合、隣接する音同士が似通ってくる「同化」という現象が広く知られていますが、これとは反対に、同じ音や似た音が連続するのを避けるために、互いに異なっていく現象も存在します。これが「異化(いか、Dissimilation)」と呼ばれる音声変化です。

なぜ言葉は同じ音の繰り返しを避ける傾向があるのでしょうか。そして、それは具体的にどのような単語で観察できるのでしょうか。本記事では、この興味深い音声変化「異化」に焦点を当て、具体的な単語例を通じてそのメカニズムと歴史的な変化を追体験していきます。

音声変化「異化(Dissimilation)」とは

異化とは、隣接または比較的近い位置にある同じ調音点や調音法を持つ音、あるいは同じような響きを持つ音が、互いに異なる音へと変化する現象を指します。これは、発音のしやすさ(調音の便宜)や、聞き手にとっての聞き取りやすさ(弁別性の向上)といった要因が複合的に関わって生じると考えられています。

最も典型的な異化は、同じ子音が繰り返される場合に、その一方、あるいは両方が変化するケースです。日本語でも、歴史的な変化や、特定の語彙に見られる異化の例を観察することができます。

具体的な単語例で見る異化

例1:「ささら」から「さらさら」へ

日本語の歴史的な変化としてよく知られている異化の例に、「ささら」から「さらさら」への変化があります。

この変化は、離れた位置にある同じ子音 /s/ が繰り返されるのを避けるために、一方の /s//ɾ/ に異化した例です。このような、比較的距離のある音同士の間で起こる異化を「遠隔異化」と呼びます。/s/(摩擦音)と /ɾ/(弾き音)は調音法が異なる音であり、この変化によって連続する同じ音が回避されています。

例2:古語に見る異化「かたかた」から「かたら」へ

別の歴史的な例として、古語の動詞「かたかたまる」(一つの場所に寄り集まる意)が「かたら」に変化した例があります。

これは連続する音節、特に畳語的な繰り返しを含む語幹において、音が脱落したり異化したりする現象の一部と捉えることができます。連続する同じ音節や音の繰り返しを避けようとする力が働いた結果と考えられます。

例3:特定の接尾辞に見られる異化「らしらし」から「らちらし」へ

古語の形容詞の語尾や接尾辞に見られる異化の例もあります。「〜らし」という接尾辞が繰り返される場合に、一方の音が変化する例です。

これは、同じように口蓋化を伴う摩擦音 [ɕ] が連続するのを避け、一方を破擦音 [tɕ] に変化させた接触異化(隣接する音の間で起こる異化)の例と考えられます。摩擦音と破擦音は調音法が異なります。

異化のメカニズムと条件

異化が起こるメカニズムは一つではありませんが、いくつかの要因が複合的に作用します。

  1. 調音の便宜: 同じ調音動作を連続して行うことは、ある程度の労力を伴います。特に素早い発話においては、調音点や調音法を少し変えることで、よりスムーズな発音が可能になる場合があります。異化は、このような発音のしやすさを追求する過程で生じることがあります。
  2. 弁別性の向上: 同じ音の繰り返しは、聞き手にとって音の境界が曖昧になったり、語を認識しにくくなったりする可能性があります。音が互いに異なる性質を持つことで、それぞれの音が明確になり、聞き取りやすさや語の弁別性が向上することが期待できます。

異化は、常に起こる普遍的な法則というよりは、特定の音環境や語彙において、これらの要因が強く作用した場合に観察される傾向と言えます。異化が起こりやすい条件としては、以下のようなものが挙げられます。

まとめ

本記事では、音声変化の一つである「異化(Dissimilation)」に焦点を当て、同じ音の繰り返しを避けるという、同化とは対照的な現象を具体的な単語例を通して解説しました。「ささら」から「さらさら」への変化に見られる遠隔異化や、古語の動詞・接尾辞に見られる異化の例は、発音の便宜や弁別性の向上といった要因が、言葉の音を静的なものではなく、常に変化し続ける動的なものにしていることを示しています。

異化の理解は、単語の語源を探る手がかりとなるだけでなく、言語がどのように効率性や明瞭性を追求して形作られてきたのかという、より深い洞察を与えてくれます。様々な単語に見られる微細な音の変化に目を向けることで、言葉の豊かな歴史とメカニズムをより深く理解することができるでしょう。